お知らせ
とみおか☆クリスマスコンサート
- 2021.12.25
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福島県双葉郡富岡町は東京電力福島第一原子力発電所の事故のため、全町避難の対象になった町です。さらには津波の被害も大きく、駅前周辺はいまだ更地が目立つ風景です。部分的に避難指示解除となった現在は、事故前のおよそ1割にあたる人がこの町で暮らしているそうです。
今回、富岡町文化交流センター学びの森からの依頼を受けて、「とみおか☆クリスマスコンサート」をお届けしました。出演はヴァイオリン叶千春さん、クラリネット叶光徳さん、パーカッション橘敬登さん、ピアノ岩倉敦子さんの4名です。
会場は500席の大ホールで、スタインウェイのグランドピアノがあります。このピアノは原発事故後、仙台や郡山に避難して、2018年にようやく戻ってきたそうです。コンサートの冒頭で、このピアノにまつわる物語の朗読がありました。読み手は、原発事故や震災の経験を後世に伝えるべく活動するNPO法人富岡町3.11を語る会代表の青木淑子さんです。
『おかえりピアノ』と題されたその物語は、ピアノが各地で出会った人とのふれあいと、この町に戻れた喜びを描いていました。物語に沿って岩倉さんがショパン『ノクターン』や唱歌『朧月夜』の調べを重ねます。
最後に町民歌『富岡わがまち』が演奏されると、客席からマスク越しに小さく歌声が湧いてきました。かそけき声でしたが、多くの人々がすぐに歌い出した様子に、この歌が愛されてきたことがわかりました。さて、コンサートのオープニングはアンダーソン『そりすべり』が演奏されました。鈴の音も高らかに、華やかで明るい空気がふわっと会場に広がりました。クラリネットの叶さんは「今日は〈おとなのクリスマス〉をテーマにしました」と言い、クラシックからポップス、映画音楽など古今東西のクリスマスソングがたっぷり披露されました。
ところで、せっかく戻ってきたピアノですが、その後のコロナ禍でなかなか出番がなかったそうです。岩倉さんは今日のためにピアノ曲を3つ用意してきました。
アンダーソン『セレナータ』では打楽器の橘さんが刻むラテンのリズムとともに力強く、ショパン『ノクターン第20番』では悲しみを乗り越えた先の希望を示し、『マズルカOp.59』では哀愁を帯びたダイナミックさをもって、ピアノが奏でる多彩な音色をお客さんに味わっていただきました。
革新的なタンゴで有名なピアソラの曲に『アヴェ・マリア』があります。ヴァイオリンとクラリネットが紡ぎ出すゆるやかな旋律は、胸が締め付けられるような切なさを伴って空間を漂います。遠い記憶を呼び起こすような時間でした。
コンサート終盤、叶さんは富岡町との縁について語りました。ヴァイオリンの千春さんもともに所属するユニット〈仙台チェンバーアンサンブル〉を結成してすぐの2006年、富岡町のすべての小中学校を巡回公演したそうです。
「倫敦館のハンバーグが楽しみで、メンバーみんなで食べていました」と思い出を話す様子を、客席の多くの方が「うん!うん!」とうなづいたり、「ああ~!」と共感のため息をついたりしながら身を乗り出すようにして聴いていました。みなさんの心には昔の町の風景がくっきりと、生き生きとした実感を持って在ることが感じられました。
アンコールはNHK朝ドラ『おかえりモネ』主題歌の『なないろ』でした。
ピアノは帰ってきましたが、この町に帰りたくても帰れない人がまだまだたくさんいます。「おかえり」「ただいま」と笑顔を交わせる日が来ることを心から祈ります。