書きものアーカイヴ
河北新報「座標」6 心の復興、音楽の力実感
- 2012.12.11
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11月2日、名取市閖上の日和山で慰霊と復興への願いを込めたクラシック曲の献奏が行われました。以前に本欄でも紹介したウィーン・フィルの被災地訪問プロジェクトです。当日、日和山はあいにくの小雨でしたが、メンバーが水に弱い非常に高価な楽器をなんのためらいもなく取り出して傘の下で演奏を始める姿は、その演奏のレベルと相まって、大きな感動を呼び起こしました。
ウィーン・フィルは3日間の滞在中、仙台と岩沼でのコンサート、岩沼の小中学生との交流、仙台ジュニアオーケストラとのワークショップなど意欲的なスケジュールをこなしました。その中で、世界最高の技術に裏付けられた「音楽の力」を示し、深い感銘を残しました。
この成功は、被災地に向けるウィーン・フィルの強い思いをしっかりと受け止めていただいた各現場の努力と底力があったからこそと、振り返っています。今後4年間続く同フィルの被災地訪問プロジェクトへの期待が一層膨らみます。
こうした国内外からの支援をいただきながら、仙台フィルと「音楽の力による復興センター・東北」が協力して取り組んでいる復興コンサートは先日、270回を数えました。そのほとんどは被災地からの要望によって開催されたものです。心の復興に音楽が大きな力を持っていることを実感するとともに、今後も長期にわたる復興に立ち向かう被災者の心に寄り添い、励まし続けることが大切だと、思いを新たにしています。
その意味でも、前回触れた兵庫県立芸術文化センターの活動には、大いに教えられることがあるように思います。これまで地方のホールは、主に「文化」の拠点として位置付けられ、その地域のまちづくりや地域経済の活性化とは結び付けにくいものとされてきました。しかし、兵庫芸文センターの創設から現在の成功に至る道のりは、集客力の強いソフトを持ったホールの建設が、心の復興にとどまらず、まちづくりや地域の活性化にも大きな役割を果たし得ること証明する貴重な実例だと思います。
これまで紹介してきたように、仙台圏の音楽活動は東日本大震災を経てさらに活性化し、「楽都」としての力強い進化を続けています。「楽都」は復興に向けた新しい技術の活用や壮大な試みとは異なります。市民の文化活動の蓄積が育んだ、気付かない大きな文化的資源、「足もとにある宝」のようなものだと思います。
その資源に加えて仙台には、設立から40年を経てコンサートに関するノウハウを知り尽くしたプロの演奏家集団の仙台フィルがあります。今年1月のシンポジウムに来ていただいた兵庫芸文センター・藤村順一事務局長の言葉を借りれば、「仙台の場合、ホール以外は全部そろっている」のです。
復興のためには経済の再建と市民生活の安定が最も重要な課題であることは言うまでもありませんが、兵庫芸文センターのような復興のシンボル的な拠点が仙台にもあれば、東北の復興にも大いに貢献できるのでは、と考えずにはいられません。
楽都という仙台の文化風土に深く根差すとともに、長い時間を掛けて市民が育んできたさまざまな文化的資源を活用する。さらに多くの市民がホール建設に取り組む。このことは、今後の復興事業の中で、市民の力を示す良い機会となるのではないでしょうか。大澤 隆夫
一般財団法人音楽の力による復興センター・東北代表理事
公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団参与