お知らせ

「音楽のちから ~8年の歩みをふりかえる~」開催しました

2019.2.11

東日本大震災からまもなく8年
震災後、多くの音楽家が被災地へと向かいました
音楽を通じた復興支援活動は、現在も続いています
この活動の歩みを記録写真と演奏、トークで振り返るイベントを開催しました。

厳しい寒さに見舞われた3連休の最終日は、気持ちのいい青空が広がりました。ひと月後に震災から丸8年を迎えるこの日、復興センターの活動を振り返る「音楽のちから~8年の歩みをふりかえる~」を開催しました。寒い中たくさんの方にお集まりいただき、会場の青葉の風テラス(地下鉄東西線国際センター駅2階)はあっというまに満席になりました。
この日のイベントは、記録カメラマンによる座談会「この一枚を語る」で始まりました。2011年3月26日に開催した第一回復興コンサートから現在に至るまで、ボランティアカメラマンの佐々木隆二さん、大峡勝一さん、永井秀男さん、進藤弘融さん、菊田雅晴さんに記録写真を撮影していただいています。その枚数は膨大なものになっていますが、今日はそれぞれ”この一枚”を選んでいただき、その写真について語っていただきました。選んでいただいた写真は震災後間もない時期のものから最近のものまで、撮影場所も学校の体育館や幼稚園、復興公営住宅の集会所など様々です。

みなさんが口々に言われたのは、避難所で開催されていた震災後まもない頃の復興コンサートで感じた「本当に撮影していいのか」という戸惑いでした。被災された方々の生活の場に飛び込んでの撮影とあって、色々とご苦労も多かったと思います。それでも音楽を楽しむ人々を見て、せっかく撮るなら明るい表情を撮ろうと思ったこと、音楽を楽しむ子どもたちの無邪気な様子に、撮影する自分も子どもに返った気分だったことなど、様々なエピソードや活動を通じて感じたことを生き生きとお話ししてくださいました。
座談会を終えたカメラマンのみなさんは一息つくかと思いきや、すぐにカメラを持って会場に散って撮影を始めました。いやはや、頭が下がります。このあとの記録撮影、よろしくお願いします。

続いては、復興コンサートやメモリアルコンサートといった活動のご紹介。これまで復興コンサートに多数ご出演いただいている、杜の弦楽四重奏団による「メモリアルコンサート」です。ヴァイオリンの叶 千春さんと小澤牧子さん、ヴィオラの齋藤恭太さん、チェロの塚野淳一さんが『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』や『G線上のアリア』といったクラシックの名曲を奏でると、目を閉じて聴き入る人が多くありました。

続いてはご当地ソングとして『青葉城恋唄』と『斎太郎節』が披露されました。復興コンサートで様々な場所を訪れるようになってから、その土地の民謡も演奏したいと思うようになったという杜の弦楽四重奏団のみなさん。しかし弦楽器用の楽譜はなかったので、塚野さんが書き下ろしてレパートリーに加えたそうです。西洋楽器で奏でられる民謡に聴き入っていると、最後の最後に塚野さんの「ヤッ!!」という勇ましい掛け声が響きました。会場中に響いたその声量にみなさん一瞬驚いた様子でしたが、すぐに大きな拍手が沸き起こりました。その他にも杜の弦楽四重奏団の名物コーナー・曲当てクイズや楽器紹介をまじえながら、和やかな時間を過ごしました。

叶さんは復興コンサートへの出演を「今までお会いできなかった方に音楽を届ける活動だった」と振り返り、「コンサートで一緒にいられた時間は今思うと奇跡のようで、これからも1つ1つの機会を大切にしていきたい」と語りました。今日の出会いに感謝し、そしてまた会えますようにとの想いを込めて、アンコールには『星に願いを』が演奏されました。会場のみなさんはその旋律にうっとりと聴き入り、曲が終わると4人に優しい拍手が贈られました。

続いては「中間支援者から見る気仙沼のいま」と題し、ムラカミサポート代表の村上 充さんにお話を伺いました。
気仙沼市で被災した村上さんは、避難所での生活をきっかけに個人で独自に支援活動を開始。医療支援等コーディネーターとして、医療相談や物資配布から草取り、イベント開催まで、被災した方々の困り事全般を引き受けています。7年間で2,000回を超えるボランティア団体のコーディネートをしており、気仙沼での復興コンサート開催にもご尽力いただいています。
冒頭で、村上さんの印象に残っているという復興コンサートのお話がありました。2016年10月に気仙沼市の本吉病院でコンサートを開いたときのことで、この日はロビーでのコンサートとは別に、入院されている患者さんのお部屋を個別に訪問しての演奏も行いました。村上さんがコーディネートした中でも病室を個々に回っての演奏は初めてで、その中には普段は重いご病気のため無表情だったのに、音楽を聴くと笑顔で手拍子をした方もいらして、病院の方を驚かせたそうです。
続いて気仙沼の現状についてお話がありました。村上さんは支援活動を通じて、高齢化・被災者の健康問題・孤立の3つが大きな問題だと感じています。震災前から医療機関が不足していた気仙沼では、高齢化の加速に伴って医療支援を求める声が非常に多く、村上さんも地元の病院と協力して戸別訪問も行う健康相談を実施しています。行政が設置した相談機関はあるものの、時間外の対応や相談に行けない方への対応など、行政だけでは足りない部分を補うボランティアや民間の活動も必要ですが、そのためのマンパワー不足も課題だといいます。
最後に村上さんは、たくさんの食糧を積んだ車の写真を紹介しました。震災直後のものではなく、ごく最近の写真だと言います。「最近は、生活困窮者に対する支援の必要性が高まっています。震災直後のような支援が、今必要になっているんです」と語った村上さんは、まだ途中経過である気仙沼の復興にこれからも力を尽くすと話し、会場からは応援するように大きな拍手が起こりました。

長時間にわたる「音楽のちから」もいよいよ後半。じっとしている体をほぐすため、ここで「うたカフェ~みんなで歌おうほがらかに~」のコーナーを設けました。復興公営住宅や防災集団移転地域等で開催している、参加者自身が歌って元気を出すというこの活動を紹介してくれるのは、仙台オペラ協会のソプラノ松本康子さんと岩瀬りゅう子さん、ピアノの富樫範子さんの3人です。
2014年10月に初めて「うたカフェ」を開催した田子西市営住宅で音楽リーダーを務める3人は、いつもどおり体操から始めました。首を回したり腕を上げたりする簡単な運動でしたが、座りっぱなしだった体が気持ちよく伸びていくのを感じました。
まずは『かたつむり』『あめふり』『鳩』の3曲を歌いました。誰もが知っている曲なのでみなさん問題なく歌えましたが、もちろんこれだけでは終わりません。会場内を3つのグループに分けて曲を割り振り、3曲を同時に歌うことに挑戦しました。隣のグループから聴こえる歌声に惑わされずに歌い切らないと、曲の終わりがバラバラになってしまいます。大人になるとこうして歌で遊ぶ機会はあまりないですね。みなさんちょっと恥ずかしそうにしながらも、楽しそうに歌ってくださいました。
次に歌ったのは岸洋子さんの『夜明けのうた』。先の体操と歌で体も心もほぐれたのでしょうか、みなさん気持ちよさそうに歌っていました。
そして松本さんから「今日はこれまでの活動を振り返るということで、原点に戻ってこの曲を選びました」と紹介があったのが、震災後様々な場面で歌われていた『故郷』と『花は咲く』でした。震災から間もなく8年というこの日に歌う2曲に、みなさんはどんな想いを抱いたのでしょうか。歌いながら、そっと目頭をおさえる人の姿も見られました。
さて、うたカフェは参加者が元気に歌うことがメインのコーナーですが、音楽リーダーによるミニコンサートもお楽しみのひとつです。今日はふるさとにちなんで、岩瀬さんはオペレッタ「こうもり」の『故郷の調べ』、松本さんはオペラ「ラ・ワリー」より『さようなら故郷の家よ』を披露。オープンスペースの広い会場中に響き渡るオペラ歌手の歌声に、みなさん圧倒されたように聞き惚れていました。
震災後、一期一会の大切さを特に感じるようになったと語った松本さん。最後は「みなさんとここで出会って同じ歌を一緒に歌えた、その嬉しい気持ちと感謝を込めて」と、岩瀬さんとお二人で『逢えてよかったね』を披露してくれました。優しく響く二人のハーモニーに耳を傾けるみなさんの顔にも、穏やかな笑顔が浮かんでいました。

本日最後は「せんだい3.11メモリアル交流館」の館長 八巻寿文さんをお招きし、「メモ館の3年-館長の思うところ-」と題してお話を伺いました。
せんだい3.11メモリアル交流館は、津波で大きな被害を受けた仙台市東部沿岸地域にほど近い場所にあります。もともとは自然豊かな東部地域への玄関口として機能する建物としての活用が計画されていましたが、震災を受けてメモリアル施設として用途変更されたそうです。館長に就任して3年目の八巻さんは、写真を用いて”メモ館”の内部を案内しました。
1階には震災関連書籍を集めた図書コーナーと、壁にかけられた津波浸水域が一目で分かる大きな立体地図が目を引く交流スペースがあります。2階には展示室があり、震災被害や復旧・復興の状況などを時系列に沿って紹介する常設展示と、東部沿岸地域の暮らし・記憶など様々な視点から震災を伝える企画展示で構成されています。
展示室では現在、津波で壊滅的な被害を受けた南蒲生浄化センターにおける、被災地の衛生環境と海を守るための奮闘を紹介する企画展【「それでも、下水は止められない。」~東日本大震災・南蒲生浄化センターの知られざる闘い~】が開催されています。インタビューに応えてくれた職員の言葉をそのまま紹介するなど、単なるデータではなく直接話を聞いていると感じられるように作り込んだといいます。準備のため南蒲生浄化センターに通って話を聞いた八巻さんは「職員のみなさんは、汚れた水をきれいに浄化して海にかえすことに誇りを持っている」と内容の一部を紹介し、彼らの奮闘を知ることで、仙台市民はもっと海を意識して生活できると思うと語りました。
震災そのものについてではなく、震災がきっかけで見つけられたものを手探りで探して形にするような企画展を実施していると語る八巻さんは、記憶の風化が懸念されている今、組織ではなく一人ひとりの「記憶を記録」をすることが大事だといいます。年月の経過とともに震災を体験していない人が増えていきます。そうした次の世代にバトンをつなぐため、今できること、今やらなければならないことをどんどんやっていくべきだという八巻さんの言葉に、会場のみなさんは深くうなずいていました。

音楽の力による復興センター・東北は、音楽家やボランティアカメラマン、地元の協力団体など、本当に多くの方々にご協力いただき、音楽を通じた復興支援活動を続けてくることができました。
間もなく8年になろうとする歩みを振り返り、あらためて活動を支えてくださったみなさまに心より感謝申し上げます。ありがとうございます。
被災された方々の状況は少しずつ変わっていきますが、これからもその傍らに音楽を通じて寄り添っていきたいと思います。今後ともご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。