書きものアーカイヴ

河北新報「座標」4 芸術文化への思い共有

2012.10.16

このほど、『チケットを売り切る劇場―兵庫県立芸術文化センターの軌跡』(同センター・林伸光ゼネラルマネジャーら編著)が出版されました。阪神淡路大震災からの復興のシンボルとして西宮市に建設され、高い評価を受けている同センターの成功要因を多角的に読み解いた本です。
同センター事務局長の藤村順一さんは、ことし1月に仙台で開いたシンポジウム「音楽の力に本拠地を」にゲストとして招いた方です。藤村さんと林さんにあらためて話をうかがいました。
同センターは、大ホール(2001席)、中ホール(800席)、小ホール(417席)を中心とする施設で、開館から7シーズンを経過しています。年間公演入場者数50万人をはじめ、これまでのホールにはない実績を上げています。昨年9月には入場者数累計が300万人を突破しました。また、同センター主催事業の年間チケット売上総額は、東京都にある全ての公立文化ホールのチケット売上合計額を上回るとされています。年間イベント数は約800。そのうちセンターが主催する公演は357、センターの登録会員数は6万人を数えます。いずれも全国に例を見ない驚異的な数字です。
センターは、西宮市の中心の一つ、阪急・西宮北口駅前にあります。同駅は大阪の梅田、神戸の三宮いずれの駅からも15分ほど。とても恵まれた立地条件のようですが、音楽活動が活発でホールも数多くある大阪、神戸という二つの大都市に挟まれているという意味では、非常に不利とも言えます。こうした条件下での成功は極めて異例と言われています。
成功の要因は、数多くの努力の積み重ねにあります。例えば、芸術監督を務める佐渡裕さんを核に据えた広報戦力を展開したこと。観客の選択肢を増やすためにバラエティーに富んだ主催事業を実施したこと。若手音楽家による専属オーケストラの配置。さらには前述の本のタイトルにもあるように、安定したホール運営と芸術活動継続のため一つ一つの公演のチケットを売り切り、経済的に成功させてきたことなどを、林さんは挙げています。
そして、阪神淡路大震災からの復興に大きな役割を果たした音楽を柱とするセンター建設に対する「思い」。それを多くの関係者が共有していたことこそが成功の基本要因だと、藤村さん、林さんは指摘しています。
センターは阪神淡路大震災以前から構想されていましたが、1995年の大震災後、兵庫県でも復旧・復興が最優先となり、多くのプロジェクトがストップしました。しかし、復興の過程で、芸術文化が大きな力を発揮していることが多くの人々に実感され、地域再生への夢、希望をセンターに結集していく原動力となったのです。当時、兵庫県関係者は震災で予算が半減しても芸術文化センター事業を継続する方向性を打ち出しました。佐渡さんは被災者への強い思いもあり、芸術監督に就任しました。また、建設の意義に賛同した舞台や音楽事業の専門家が数多く参画しました。
兵庫県が実施したアンケートで、多くの県民が「(復興には)芸術文化が大切」、「(芸文センター整備は)よい・まあよい」と回答しました。芸文センター事業はこうして「復興のシンボル」として再スタートしていったのです。これからの私たちの取り組みに大きな力を得た思いです。

大澤 隆夫
一般財団法人音楽の力による復興センター・東北代表理事
公益財団法人仙台フィルハーモニー管弦楽団参与