お知らせ

丸森町筆甫「震災復興10年記念コンサート」

2021.3.14

宮城県丸森町の筆甫地区は宮城県の南端にある小さな町で、福島県の相馬市や伊達市と接しています。2011年の福島第一原子力発電所の事故のあと、放射性物質が風に乗ってやってきました。県内でも有数の高い放射線量を計測した地域で、名物だったイノシシ肉はいまだに出荷できない状態だそうです。
また、1年半前には東日本台風災害にみまわれ幹線道路は寸断、現在も洪水の生々しい爪痕があちこちに見受けられ、完全復旧はだいぶ先になるとのことでした。その風景は10年前の津波のあとにそっくりでした。
しかし、筆甫地区の住民は、震災直後に福島からの避難者を支援することに始まり、地域の放射線マップ作成や勉強会の実施、原子力損害賠償紛争解決センターへの集団訴訟、そして太陽光発電事業を立ち上げるなど、前向きに復興と取り組んできたのです。
その10年を振り返り、また同時に、地元の米を原料とした清酒の新発売を記念して「震災復興10年記念コンサート&講演会~筆甫の10年、そして未来へ~」が開催されました。

出演はカルテット・フィデス(ヴァイオリン松本古流さん、ヴァイオリン熊谷洋子さん、まずはご挨拶代わりにベートーヴェン『メヌエット』が演奏されました。軽やかな春風のようです。生誕250年を迎えた偉大な作曲家に敬意を表し、続いて『弦楽四重奏Op.18』第一楽章をたっぷりとお聞きいただきました。ヴィオラの御供さんが「ベートーヴェンは大のコーヒー好きで、毎日コーヒー豆をきっちり60粒数えて淹れていた」というエピソードを紹介すると、みなさん「へえ~」と面白がっていました。

本日のプログラムはクラシックに始まり、タンゴ、民謡、演歌とバラエティに富んで展開しました。お客さんはどの曲も前のめりで聴いていました。普段からこの地区では歌や踊りを披露する演芸大会をやっているという素地もあるからでしょう、音楽を〈楽しむこと〉に慣れている印象を受けました。
『ラ・クンパルシータ』では肩を揺らしながら、『さんさ時雨』では小さな歌声があちこちから湧いてきました。舞台背景にはこの地区で撮られた古い写真が飾られています。この町が積み重ねてきた歴史が垣間見えます。『さんさ時雨』は祝言や新築の時などに唄われる祝い唄ですから、ここに写っている高島田のお嫁さんもきっとこの歌で迎えられたことでしょう。御供さんが「音楽はいつも、みなさんのそばにあります」と言うと、お客さんは大きく頷いていました。ご先祖様と一緒に音楽を聴くのもいいものだなと思いました。

筆甫はいわゆる“限界集落”で人口減少と高齢化が著しい地区です。しかし、新しいまちづくりの試みをしようと何人かの若者がやってきて活動しています。ここに移住してまだ数日という学生さんが『川の流れのように』を聞いて、涙していました。生まれ育った町を離れ、どんなご縁があって筆甫に来たのでしょう。その来し方がこの曲と重なっていっそう身に染みたことと想像します。ご縁と言えば、今回新たに発表された筆甫の米を使ったお酒の醸造元は福島県喜多方にあり、ヴァイオリン松山さんの実家のご近所で子供の頃によく遊んでいたのだそうです。なんとまあ、世の中とはせまいものですね。

 

御供さんが「またここに来たいです!来ていいですか?」と訊くと「はーい!」と大きな拍手が沸き、フィデスの皆さんは笑顔になりました。演奏の御礼にとご当地名産の「へそ大根」が贈られ、演奏家のみなさんはとても嬉しそうでした。
終演後のアンケート用紙には「心にビタミンを注入していただきありがとう!」と書いてありました。
それはきっと演奏家も同じ気持ちだと思います。演奏する人と聴く人とのエネルギーのやりとりこそが復興コンサートの醍醐味ですから。野を越え山を越え、またお会いしましょう!