お知らせ

みやぎの「花は咲く」合唱団_仙台市追悼式へ

2016.3.11

仙台市「音楽の力による震災復興支援事業」
宮城野区被災者交流支援事業
≪みやぎの「花は咲く」合唱団≫
宮城野区の仮設住宅、復興公営住宅、防災移転地区、または津波被災地域に
お住まいのおおむね60歳以上の方々と、毎月1回合唱の練習をしています。

今朝の仙台は青空ですが、冷たい風に風花が舞う寒い日となりました。5年目の3.11はあの日と同じ金曜日で、似たような天候です。フラッシュバックのようにさまざまなことが思い出されてきます。
本日の追悼式は仙台市宮城野区新田にある宮城野体育館で開催されます。
「思い出すなあ。あの頃はここにびっしり人がいてね…」
と、宮城野区まちづくり推進課の職員さんが問わず語りに話し始めました。今日、合唱団の控室になっているメインアリーナは2011年7月まで避難所でした。市内各所の避難所が解消される中、最終的にこの体育館に集約されたそうです。ブルーシートが敷き詰められ、段ボール製の仕切りがびっしり並んでいました。
DSC_0641もしかすると、合唱団員の中にもここで避難生活を送った人があるかもしれません。団員の中には家を流され、家族を亡くすなど、大切なものを失った方が多くいます。みなさんそれぞれに抱えた喪失感と向き合い続けたこの1800日余、5年の「節目」だと言ってもすっぱり区切りをつけられない人もたくさんいることと思います。しかし、この追悼式で歌うことに躊躇する人はいませんでした。本来なら今日の式典の遺族席に座るはずの方も「私も歌います」と強い意志を示しました。
メンバーにとってはこれまでのコンサートを上回る一世一代の大舞台です。だからこそ、平常心が大切ですね。いつもと同じようにウォーミングアップから始めました。発声練習をしている様子を遠くから見ていると、何とも名状しがたい不思議な感覚にとらわれました。
DSCN0076今日も合唱指導は仙台オペラ協会のソプラノ齋藤翠さん、ピアノ伴奏は目々澤亜紀さんです。翠さんはいつものように朗らかな雰囲気で指導します。発音を優しくすること、地声を出さないように気をつけること、音は高めに“捕りにいく”こと、喉の奥の空間をイメージすること…いつものことをいつものようにやることで、メンバーも緊張がほどけてきたようです。目々澤さんは電子ピアノでストリングスの音も出して、できるだけ本番に近い状態を整えてくださいました。
DSCN0070一通り歌った頃に、本番会場でのリハーサルとなりました。仙台フィルの弦楽四重奏との音合わせです。これまで毎年春に行なってきたみやぎの「花は咲く」コンサートで毎回出演してきたヴァイオリン小川有紀子さんが「みなさん、お久しぶりです!」と挨拶に来ました。合唱団メンバーは「あ、小川さん!」と再会を喜びました。心強い味方と会えて少しほっとした様子でした。
しかし、実際の舞台に立つといろいろ想定外のことが見えくるものです。DSCN0075
登退場の歩き方、整列やお辞儀のしかた、楽譜の開き方、もちろん歌い方…リハーサル時間はあっという間に過ぎて、控室でさらに練習を重ねました。

いよいよ本番。大勢の来場者を前にしてさぞ緊張しただろうと思いますが、メンバーはそれぞれの想いと、これまで積み重ねてきたことを歌に込めて頑張っていました。『花は咲く』ではこみ上げる涙をどうすることもできず、声を詰まらせるメンバーも何人かいたようです。
DSCN0083しかし、これまで以上にチームの一体感が表れていた歌いぶりだったと思います。最後の一音を歌い切ったとき、メンバー全員が顔をあげて遠くを見ました。彼らの声は、歌は、思いは、あの遠くの海まできっと届いたはずだと思います。来場者の中にも目頭を押さえている姿があちことに見られました。
出番が終わって控室に戻ると、大きな山場を越えた安堵感からか、みなさん明るい表情をしていて、スタッフ一同もほっとしました。午前中から夕方にかかる長丁場でしたが、みんなで乗り切ることができて何よりです。2年前から合唱団を知る仙台フィルの小川さんからは「テンポ感が出て、上手くなってますね」とお褒めの言葉をいただきました。20160311_8
事務局では正直なところ、追悼式にその当事者である合唱団を登場させることは彼らをまた傷つけることにならないだろうかと躊躇したときもあります。が、彼ら自身が出演を選択し、その大任を果たしました。震災がなければ出逢うことのなかった彼らが、心を合わせてともに“歌”という花を捧げたのです。みなさんありがとうございます。本当にご立派でした。