お知らせ
復興コンサートin仙台トラストシティ
- 2016.3.12
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仙台市青葉区にある仙台トラストシティでは3月11日を前後して東日本大震災復興支援企画としてさまざまなイベントを催しています。その一環として復興コンサートを行なう運びとなりました。いま改めて追悼の祈りを捧げ、また未来への希望をこめたコンサートにしてほしいとの依頼に、サブタイトルを「祈り、そして光」としました。
本日の出演は、ソプラノ齋藤翠さん、メゾソプラノ菊池万希子さん、フルート山田みづほさん、ピアノ掛田瑤子さんの4名です。用意した座席はみるみる埋まってしまい、あわてて追加席を増設しました。子供からお年寄りまでおよそ100名の方が集まりました。
そう言えば震災当日の夜、街じゅうが停電して真っ暗になっていた中、このビルだけに明かりが灯っていたことを思い出します。自家発電装置を備えていたこの建物を目指してたくさんの人がやってきたのです。あれから5年、このあたりは震災の傷跡もすっかり消えて、一見すると何事もなかったかのように見えます。
プログラムはモーツァルト『アレルヤ』で始まりました。
ピアノ、フルート、ソプラノのトリオ演奏で、小品ながら華やかな雰囲気の幕開けです。高い天井のこの会場は音がよく響き、まるで教会で聴いているかのようです。
続いて、メゾソプラノ菊池さんがロッシーニ『スターバト・マーテル』を独唱しました。磔刑に処せられた我が子イエスを哀しむ聖母マリアの思いを歌った曲です。ラテン語の意味は分からなくても、深い嘆きがずしんと胸にこたえるようでした。フルートの山田さんは日本の子守歌メドレーを演奏しました。五木の子守歌や武田の子守歌など、篠笛に似たフルートの音色が切々として身に染みます。
ご高齢の方には特に響く様子で、ご幼少の頃を思い起こしているのでしょうか、目を閉じて聴き入る姿がありました。次に、ヴェルディ『神よ平和を与えたまえ』をソプラノ齋藤さんが独唱しました。
これは彼女にとって、震災の記憶が重なる忘れられない曲です。これを歌うことになっていた演奏会の当日の舞台リハーサル中に東日本大震災が起きました。実家は津波被災し、故郷の身近な方を亡くし、彼女自身歌えなくなるほどの精神的ダメージを受けました。
「《神よ平和を与えたまえ》というタイトルは、なんて皮肉なんだろうとその時思いました」と語る齋藤さん。客席は水を打ったような静けさでした。
その経験から5年を経た齋藤さんの全身全霊をかけた歌いぶりに、掛田さんの嵐のような伴奏があいまって、一種鬼気迫る演奏でした。お客さんは気おされたように息を凝らして聴いていました。コンサート中盤で『見上げてごらん夜の星を』を会場のみなさんと一緒に歌いました。
みなさんそれぞれのペースで歌っていました。ふと、あらためて「人の声はなんて温かいのだろう」と思いました。石造りの床の広い会場は少し肌寒かったのですが、ほんのり温度が上がったように錯覚するような感じがありました。プログラムの最後は『スタンド・アローン』の二重唱です。菊池さんが「震災後の演奏会で或る方に“聞けて嬉しかった”と言われた曲です。それ以来、大切なレパートリーになりました」と語りました。4人が奏でるハーモニーに乗せて、歌詞にこめた祈りと光が広い空に解き放たれてゆくようでした。
演奏が終わると、喝采がどっと湧き上がりました。アンコールは『故郷』です。しばしばお客さんと一緒に歌うことが多いこの曲ですが、今日は二重唱でお聴きいただきました。
ふたりの声が重なると生まれるこの豊かさは何と形容したらよいのでしょうか。堰を切ったようにほろほろと涙を流す人があちこちにいました。一緒に小さく口ずさむ人もいました。背筋をただすようにしてじっと聴く人もいました。
終わった瞬間に、ふたたび大きな拍手が起こって、多くの方が満足したような笑顔を見せてくださいました。その温かさとエネルギーをもらって演奏家もとても嬉しそうでした。いつしか会場の外は夕暮れて、キャンドルの明かりとイルミネーションがちょうど見ごろとなっていました。今日のコンサートがみなさんの心に小さくても、一瞬でも、灯りをともすことができたならさいわいです。