お知らせ
石巻・尾崎「おらほのコンサート」開催しました
- 2016.6.5
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宮城県石巻市の東部、北上川が追波湾(おっぱわん)に注ぎ込む河口に長面浦(ながつらうら)という入り江があります。かつてこの浦をとりかこむようにして長面と尾崎(おのさき)という2つの集落があり、およそ700世帯の暮らしがありました。東日本大震災の津波により全戸流失・全壊という大変な被害があり、その風景はすっかり変わってしまいました。現在は居住してはいけない非可住地域となっています。
今回、尾崎地区自治会から年に一度の神社の例大祭に合わせた復興コンサートの依頼がありました。尾崎地区では津波でなくなった人はいないそうですが、かつての住民はみなあちこちに散らばって生活しています。年に一度、神社のお祭りの日に集まって御祈祷を受け、お互いの無事を確かめあうのが恒例になっているそうです。その特別な日に、みんなで一緒に音楽を楽しみたいとのご希望でした。
名付けて「おのさき・おらほのコンサート」(「おらほ」とは「私たちの所」という意味です)、会場は久須師神社の神楽殿です。鄙びた小さな集落にしては立派な神楽殿を抱えた由緒ある神社で、自治会長さんは「ここの自慢の一つです」とおっしゃっていました。
神社のすぐ隣には大きな古民家があって、昔話に出てくる長者屋敷のような堂々とした造りです。屋根はこのあたりの名産のスレートで葺かれていて昔の栄華を偲ばせています。目の前には穏やかな浦とその向こうには緑濃い山々が連なり、風光明媚とはこのことかと思いました。こんな美しい故郷を離れなければならないとは、どんなにか淋しいことだろうと地域の人たちの胸中を想像します。
地域の方々は早くから神社の拝殿に参集し、御祈祷を受けました。
その後、コンサートが始まるまでの間には名物の蒸し牡蠣が振る舞われました。もともとこの地域は牡蠣の養殖業が盛んで品質が良いものが育つそうです。震災で大きな被害がありましたがその後徐々に復活し、「おらほのかき」ブランドで出荷され、東京でも高い評価を得ているそうです。尾崎の人たちに混ざって演奏家もスタッフもご相伴に預かりました。風の冷たい肌寒い日だったので、熱々の牡蠣がことのほか美味しく感じられました。さて、時は正午、コンサート開演です。出演は仙台オペラ協会のソプラノ横山いずみさん、テノール佐藤淳一さん、バリトン鈴木誠さん、ピアノ阿部真優香さんです。
ご存じのカンツォーネ『オー・ソレ・ミオ』で華々しく幕開けです。今日はお祭りの日の華やかさと、ふるさとを想うプログラムで構成していただきました。
見ていたおばさまが「あらぁすごいこと!ここじゃなくホールでやればいいのにもったいないね~」と言っていました。いえいえ、ここでやることが大事なんですよ。
前半はオペラの名曲をお楽しみいただきます。モーツァルト「フィガロの結婚」「魔笛」、グノー「ファウスト」から独唱や二重唱を取り混ぜて演奏しました。曲についてわかりやすい解説を入れ、『パパパ』は日本語歌詞で歌うなど、ちょっと敷居が高いと思われがちなオペラを親しみやすく紹介しました。
後半は日本のうたを集めました。鈴木さんが中島みゆき『糸』を、佐藤さんが千昌夫『北国の春』を独唱しました。そうっと手拍子する人、体を揺らしてリズムを取る人、一緒に口ずさむ人などの姿がありました。
ソプラノ横山さんが「行々子(よしきり)」という小品を歌いました。まさにこのあたり北上川河口にはヨシが茂っていて、きっと地元の人にはヨシ原の風景とヨシキリの鳴き声には思い出があることでしょう。「昔わが遊びし時と変わることなし よしきりは鳴く」という歌詞がせつなく響きます。最後に10分以上に及ぶ唱歌メドレー『ふるさとの四季』が演奏されました。懐かしそうに聴き入るお年寄り、リズムに乗って跳びはねる小さな子ども、目頭を押さえる人…みなさんの胸にはそれぞれの故郷の風景が広がっていたのではないでしょうか。
アンコールは一緒に『故郷』を歌いました。
「山は青きふるさと、水は清きふるさと」の歌詞そのものの風景の中で歌声がやさしく響きました。尾崎地区は居住することはできなくなりましたが、漁業や農業を営むことはできるとのこと。大学や水産庁など官民が連携し、この豊かな自然を活用して積極的に地域づくりに取り組んでいます。周辺の水田は5年経って除塩が終わり田植えできるようになっていました。牡蠣剥き作業所の隣には地元のおかあさんたちが切り盛りする「はまなすカフェ」があり、美味しい牡蠣カレーや蟹ごはんが味わえます。また、オリーヴ栽培の北限地として試験栽培や商品開発もおこなわれているそうです。
震災以後を生きる新しい地域づくりが着実に進んでいることを実感できた日でした。